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平清盛の幻の都・福原京の道路跡か 神戸で全長約50mが見つかる

平安後期の1180年に平清盛が造営を進め、半年ほどで頓挫した福原京。その主要道路の一つとみられる遺構が神戸市で見つかり、6日に公開されました。

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Excavated ancient road with lines of natural stones along both edges at an archaeological site in Kobe, Japan.
画像: 朝日新聞

たった半年ほどで幕を閉じた「幻の都」。その通りの一つが、800年以上たって姿を現したかもしれません。

神戸市は6日、福原京の遺構を報道陣に公開しました。平安時代後期の福原京の主要道路の一つ、「御所南大路」とみられています。

何が見つかったの?

遺構が見つかったのは、神戸市兵庫区下三条町の「祇園遺跡」です。道路は長さ約50メートル、幅12~13メートルで、北東から南西へ一直線にのびています。

道の両側には、自然石を使った石列や石積みがありました。周辺で出土した土器の特徴などから、市は平安時代後期のものと判断しています。

なぜ御所南大路だと考えられるの?

決め手の一つは、貴族の日記との位置関係です。遺構の西には、平清盛の邸宅「雪見御所」があったとされます。高倉上皇や安徳天皇の仮御所になった場所です(現在の兵庫区雪御所町付近)。

天皇一家に同行した貴族・吉田経房の日記「吉記」には、雪見御所を出発した天皇がまず御所南大路を東へ向かったという記述があります。市によると、この位置関係が一致するそうです。

兵庫県立考古博物館の菱田哲郎館長は、旧有馬街道の道筋など今も残る古い街路との位置関係を合わせれば、街区構成を復元できると話しています。福原京の造営を考えるうえで重要な成果だとコメントしました。

福原京ってどんな都?

1180年、清盛の主導で、安徳天皇や高倉上皇らが京都から福原(現在の神戸市)へ移りました。新しい都の造営が進められましたが、半年ほどで頓挫し、朝廷は京都へ戻っています。

見に行ける?

神戸市は7日午後1~3時に現地説明会を開きます。参加は無料で、予約もいりません。

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